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児童福祉施設でくらす子どもたちのこころ〜切り離される人生〜

みなさんは家族や父親、母親に対してどのようなイメージを持っていますか。例えば、家族に対して、「あたたかい、わかってくれる、やすらぎ」という人と、「冷たい、厳しい、いたくない」という人とさまざまでしょう。良し悪しではなく、それがその人の現実です。

 

日本社会では、前者が一般的なイメージとされ、後者のイメージを持っている人は特別な過去を持っているとみられる傾向にあります。父親や母親に対しても、否定的なイメージを抱いていると、同じような反応が返ってくる可能性が高いです。

 

児童福祉施設で暮らす(あるいは暮らしていた)子どもたちは、後者の割合が高いです。しかし、前述したような社会背景ゆえに、そのことをオープンに表現することが困難な状況にあります。

 

家庭に育ち、家庭から社会に巣立った人には気づかないようなことで、彼らは心のハンディを抱えて生きています。ここでは、その内面について丁寧に見ていきます。

 

 施設で暮らすことは、子どもたちにとってどのような体験か
命の危険にさらされるような環境にあっても、そこが彼らの家であり家庭であり親です。法律や社会の大人が「あなたをまもるためだ」と説明しても、慣れ親しんだ場所から離れなければならないということは「家族(家庭)と無理やり切り離される体験です。

 

自分の意思とは関係なく無理やり切り離されることによって、「自分の人生は自分で決めることができない」という無力感の体験につながります。

 

そして、ある日突然、すべての環境が変わります。布団のにおい、寝る前に見つめる天井のもよう、味噌汁の味、かけられる声や言葉といった暮らしの小さなことが変化します。

 

大人や、家庭に育った人たちにはすぐに適応できたり楽しめるようなことでも、小さな子どもたちにとっては過去の自分と切り離す=連続性の断絶体験となります。

 

不適切な環境下で、子どもたちは親から否定的な言葉を浴びせられたり無視をされたりしています。その積み重ねと環境の切り離しは「自分は悪い子」というイメージを彼らに定着させる体験となります。

 

 児童福祉施設でどのような思いを抱えて暮らしているのか
小学校5年生のF男は、両親からの虐待を受けて4歳のとき施設にやってきました。暴力を受けてあざだらけになり、恐怖心でいっぱいの毎日でしたが、やはり「お父さんとお母さんに会いたい、家に帰りたい」という願いがあります

 

そして「僕が良い子になれば家に帰れる」と信じています。それは、両親が暴力を振るいながら「お前が悪い子だから、お前を良い子にするためにしつけているのだ」と言い続けていたからです。

 

そう思う反面、本来ならば最も信用できる身近な両親から暴力を受けた体験は、「大人なんて信用できない」、「大人は自分を傷つける存在」という認識を作ります。

 

そして、自分が中学生や高校生になる自分を想像して「家に帰れるのだろうか」、「自分の将来はどうなってしまうのだろう」という漠然とした見えない不安が、常に彼らを揺るがせています。

 

 不安や不信、傷つきはどう変化するのか
以上、見てきたような体験や思いは、一見元気そうに暮らしている子どもたちの中に常に存在しています。

 

きっかけがあれば、いとも簡単に爆発します。寂しさからくる万引きや過剰なスキンシップ、他児や職員への暴言や暴力、自分への自傷行為、不登校といった反応は、施設では日常的に見られます。

 

自分ではどうすることもできない理不尽さや不満は、状況や成長とともに変化し、表出します。年齢とともに頻度や程度が落ち着くこともありますが、これらの思いをきれいになくすということは、とても難しいことです。

 

施設で暮らすことになったのは、子どもたちの責任ではありません。しかし、安全を最優先にすべきであるという理由から、環境を変えて複雑な思いを背負うのは、虐待をした親ではなく子どもです

 

ひとりでも多くの子どもたちが、この体験や思いから解放されるべきです。児童虐待への認知や関心の広がりによって、社会の力で子どもを育てるという認識を持つ大人が増えることが急務となっています。

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