児童福祉施設でくらす子どものこころ〜別れ〜


別れは誰にとっても深く悲しみ、辛い体験です。特に身近な存在との別れは、一言で悲しみと言っても、それぞれの形があります。第三者が、簡単に「わかるよ」、「つらいよね」といえるものでもありません。

 

別れの形はさまざまあります。死という永遠の別れは究極です。そのほかにも、卒業や進学、進路に伴う学生時代の別れ、転居や異動といった大人になってからの別れ、恋愛や離婚といった親密な関係での別れがあります。

 

最近では、記憶による別れも増えてきました。認知症や記憶に関する病気にかかってしまった場合、過去の共有体験や、相手の顔や名前などがわからないことによる別れです。これもまた、家族にとってはとてもつらいものです。

 

また、別れにはさまざまな種類があります。「もう一生会うことができない」というもの、あるいは「離れていても、どこかでつながっている」と感じられるもの、「いつかまた会える」という一時的な別れがあります。

 

別れの形や種類によって、深さや長さに違いはあります。しかし、別れのとき、その瞬間はとても悲しみが伴います。

 

虐待を受け、児童福祉施設で暮らす子どもたちは実に多くの別れの体験を経験しています。彼らの別れは、自ら選択したものではありません。親や環境によって、なかば「強制的に」「一方的に」押し付けられた別れです

 

この別れに伴うものは、どのようなものでしょうか。彼らが、どのように傷ついているのか、そのことについて見ていきます。

 

 なんだかよくわからないもの
Kは母親による虐待や放任、そして母が繰り返す離婚や再婚により環境が転々とし、そのたびに変わる男性からの虐待を受けて、児童養護施設にやってきました。

 

さんざん自分を苦しめる原因となった母親との別れは、ホッと安心したものをもたらすものの、いつまでも母親からの暴力や暴言がつきまといます。別れて離れているものの、Kを縛り付けます。

 

またKは、母親の都合によって住む場所が変わり、学校や友達と別れてきました。やっと友達集団になれたと思えば、すぐに別の町に移ります。また、母親が付き合う男性も、慣れたと思えばすぐに変わることを繰り返してきました。

 

小さな年齢にしては多くの別れを経験してきたKですが、一度も「きちんとしたお別れ」をしたことがありません。母親の都合によってある日突然、住む場所も、友達も、一緒に住む人も変わってきたからです。

 

もちろん、母親にそのことを確かめることもありません。小さかったですし、そんなことをしたら母親からひどい暴力を受けることがわかっていたからです。

 

しかし、Kの内面では、「自分は何を失ったのか」、「自分がどのような感情を持っているのか」わからず、何が起きたのかもわからないまま、また新しい日々が始まっていきます

 

「もしかしたら明日はあの町に帰るのかもしれない」、「今日だけなのか」、「またいつになったら別のところに行くのか」ということを、自分の中だけで巡らせ、やり過ごしてきました。

 

 悲しみよりも、憎しみや苦しみを与えるもの
このような体験を積み重ねてきたKは、別れることに慣れています。悲しみや寂しさといったものは感じたことがありません。そのため、施設の担当職員が変わっても、「ふーん、またか」といった感想です。しかし、表面的な反応とは裏腹に、内面は母親への憎しみによってKを苦しめています。

 

今、施設で体験する別れがあっさりしているのも、これまで体験してきた別れの延長にあり、また「それに比べればまだマシ」というくらいのものです。別れによって深く傷ついた心は、再び新たな別れが来た時に傷つかないよう、前もって身を守っています

 

施設で暮らす子どもの多くは、「お別れ」をせずに、新しい環境に移った体験を繰り返してきています。今、目の前にしている別れによって、自分の過去とこれからを断絶するということ、自分自身をつながりのない生き物にするという絶望のようなものが、彼らの内面には残されたままです

 

自分ではどうしようもできなかった過去、つながりのない自分が積み重なっていると理解したころ、彼らは自分の本当の居場所を探し求めます。

 

ある子は思春期に、施設ではなく自分を無条件に受け入れてくれる異性にすがります。異性の思惑など理解せずに、再び新たに傷つくことも知らずに、吸い込まれるように行ってしまいます。またある子は、施設を退園してから、ある日突然、会社のお金を盗んでどこかに消えてしまいます。

 

自分の中にあるどうしようもない大きな穴を抱えながら、必死に生きている子どもがたくさんいます。しかし、彼らは傷を人に見せることはありません。

 

一般的な人ならば、当たり前のようにするお別れも、彼らには提供されなかったことにより、失うことだけではない、一生抱えざるを得ない傷を負うことになります。児童福祉施設では、後追いになりながらも、その傷を職員とともに共有し、手当てする取り組みを行っています。

 

しかし、子どもたちはそれだけでは回復に至りません。最も必要なことは、どんなに小さな子どもでも、しっかりとお別れができることです。そして、そこで子どもなりに感じたものを表現できることです

 

私たち大人が、そのことを理解しているかどうか、ということが、子どものその後に大きく影響します。大人の学びが必要です。

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