子どもにレッテルを貼って見ていませんか

今、世の中には大量の情報があふれています。わからないこと、気になることがあれば、その場ですぐにインターネットを通して調べ、必要な情報を手に入れることもできます。

 

その中に、発達障害といわれるものや、精神疾患に関する情報がたくさんあります。ほとんどが医療機関や、心理の専門家が提供している信頼性の高いものです。     

 

書店にも、関連のものが多く並んでいます。中には、幼児や小学生など、小さな子どもを育てるときに、発達の遅れや障害の心配がないか、特徴のある子どもをどのように育てたら良いかについて書かれているものもあります。

 

そこには、たいていチェックリストが付いており、チェックの数によって〇〇障害の傾向がある、と簡単な診断ができるものまであります。実際にチェックをしてみると、自分が思っている以上にチェックが付いてしまい、ヒヤリとした人もいるのではないでしょうか。

 

以前は、専門家に会わなければわからなかったことも、自己診断できる時代になりました。それによって「自分は〇〇だから」、「私の子どもはアスペルガーかもしれない」といったやり取りが、会話の中で生まれるようになっています。

 

自分や身近な人について、気になったことを手軽に調べることができ、知ることは、私たちにメリットを与えてくれます。高いお金を出して医療機関に行って、薬を処方されてしまうかもしれない心配もありません。

 

一方で、自分で診断できることが可能になったことによって、自分や人を「〇〇障害」という目で見てしまう傾向があることも事実です。ここでは、子どもにレッテルを貼ることが及ぼす傷つきと、レッテルを貼ってみる前にできることについて考えていきます。

 

 レッテルを貼ることによる子どもの傷つき
レッテルというのは、障害という名前の付くものばかりではありません。「あの子は暴力的だ」、「キレやすい子」、「学校に行けていない子」、「施設にいる子」といったものもあります。

 

長い間、児童福祉施設で子どもたちと接していると、このようなレッテルを貼られやすい子どもがたくさんいます。さまざまな不適切なかかわりを受けてきた影響によって、落ち着きがなく、キレやすく、暴力を振るいやすく、学校に行けなくなることがあります。

 

小学校5年生のSさんです。4歳のころ、母親からの虐待が理由で児童養護施設にやってきました。勉強も運動もでき、学校では優等生でした。彼女が施設の職員に打ち明けたことによって、「施設の子」という理由でいじめを受けていたことがわかりました。

 

他にも、虐待の影響により落ち着きがなく、すぐにカッとなって暴力を振るってしまうT君がいます。周囲から、「すぐにキレる子」として見られがちで、大人も、彼が暴力を振るわないような対応が多くなります。あるとき、職員の話し合いが行われ、彼とのふつうのかかわりが少ないことに気づきます。

 

このようにレッテルを貼ることによって、偏見やいじめが起き、そのレッテルに合わせたかかわりに偏ってしまいます。また、その子の個性を見ることができなくなります

 

そして、一方的に貼られたレッテルで見られている子どもは、自分の個性や本質との違いに悩み、苦しみます。「本当の僕は違うんだ」、「〇〇というだけじゃない自分ももっと知ってほしいのに」という思いは、彼らの傷つきとなり、周囲への不信感につながります。

 

 レッテルを貼る前に
〇〇障害とレッテルを貼ってしまうことで、気になっていたことへの答えが見つかったように感じることがあります。もやもやとしているよりも、その方が安心・納得するのかもしれません。

 

しかし、レッテルを貼られた子どもの立場になれば、それは深い傷つきとなります。レッテルを貼る前に、こちらが気になっていること以外の側面の方が、はるかに多くあることを知っておくべきです。そして、そこに目を向ける必要があります。

 

たとえ、〇〇障害という診断がついたとしても同じです。ある一部について障害という名前が付いただけのことです子どもを一人の人間として、全体的に見ることが大切です。

 

子どもは無限の可能性にあふれています。大人が一方的にレッテルを貼り、限定的に見ることによって、その可能性はつぶされてしまいます。レッテルを貼る前に、もう一度、その目を広く見渡してみましょう。

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