虐待の子どもへの影響〜存在を否認された過去〜

 

虐待行為は被害者である子どもに、存在を否認されているという認識をもたらします。生まれてまもなく、面倒を見てもらわなければ生きることができない年齢の子どもが、放置されたり、存在を否定する言葉を浴びせられたりしているからです。

 

また、ある程度の年齢までは家族とともに、一般的な暮らしを歩んできた子どもの中にも、ある日突然、虐待的な環境に身を置くことになった子どももいます。親の離婚や経済的な理由から、住む場所を転々とし、子どもの意思とは関係なく周囲の環境が変わることをじっと耐えていた子もいます。

 

彼らは認めてもらったという体験が極端に少なく、いつも大人にほめてもらうことを求めています。大人の視線が自分ではなく、ほかの子に向いていると気づくとすぐに「ねぇ、こっち見てよ!」と何度も要求します。そして大人の目が向きがちな子どもに、陰で嫌がらせをする子もいます。

 

児童福祉施設で暮らす子どもの中には、生と死のあいだをさまようほどの暴力を受けてきた子どももいます。彼らはまさに、命すら否定されそうになってきました。そこには、衣食住すべてにおける親の余裕のなさが背景にあります。

 

環境の変化によって、最も影響を受けるのは子どもです。親は自分も新しい環境に適応しなくてはいけない中、子どもにまで丁寧に目を向ける余裕はありません。何をしても目を向けてもらえない子どもは、自分を機にかけてくれる大人を見つけたら必死にしがみつきます。

 

このように、存在を否認されてきた体験は、子どもの育ちに大きく影響を与えます。今回は、事例を通して、その影響を詳しく見ていくとともに、どのように回復していくのかについて考えていきます。

 

 ケース Aさん中1
Aさんは母親からの身体的虐待によって、4歳のころ児童養護施設に入所しました。それまで母親は、ひとりでAさんを育てていました。しかし、母親自身がうつ病や知的障害を抱えていました。

 

そのため、金銭管理ができず、人間関係もうまくいかないことからストレスがたまり、Aさんを日常的に虐待するようになります。ストレスだけでなく、知的なハンディもあり、小さなAさんが泣いている理由が理解できず、またどのようにあやしたらよいかもわかりませんでした。

 

Aさんが足や頭の骨を折って病院に運ばれたことで、虐待が判明しました。児童相談所が中心となって、生活の実態を調査すると、暴力だけでなく放任の事実も上がってきました。

 

母親は、育て方がわからない上に、そのことを誰に相談してよいかわからなかったのです。孤独に、母親なりに懸命に育ててきたつもりでしたが、小さなAさんを傷つけた形で発見されます。

 

さらに、母親は理解力も乏しかったため、自分が虐待をしたことが理解できず、否認し続けます。当時の児童相談所の福祉司によれば、母親なりの罪悪感はあったようですが、それを言葉や態度で示すことができず、Aさんが施設に預けられてから、一度も会いに来たことはありません。

 

Aさんは施設で大きくなっていきます。大きな問題やトラブルを起こすことはありませんが、職員の目の届かないところで自分よりも年少の子どもに対して陰湿な嫌がらせをします。

 

しかし、職員が尋ねても、絶対に認めることはありません。必ず、目に涙をためて、何かをこらえるように「だって……」といったまま黙り込んでしまいます。
 
 受け入れてもらおうとする前に、自分を否定する
生まれて間もなくから4歳まで、存在を否認されてきた体験は、誰かに認めてもらおうとする前に自分自身を否定してしまいます。施設の職員が、どんなにAさんを受け入れ、認めても、彼女は拒否し続けます。

 

また、素直に褒められることを受け入れられない一方で、褒められている子どもを見ると、陰湿ないじめをしてしまいます。「もっと私を見てほしい」、「○○ちゃんだけ褒めるなんてずるいよ」ということをAさんが言葉にして出せたらどんなに楽になるでしょうか。

 

Aさんへの支援は続きます。果たして、施設にいられる18歳までに、どれほどの回復が望まれるのか、施設の職員には焦りがあります。おそらくは、大人になっても、4歳までの傷つきを引きずって生きていくことになるだろうという悲しい予測もできてしまいます。生まれてからたった数年の間に起きた体験を、一生背負っていくことになります

 

そしてこの責任は、Aさんの母親だけにあるのではありません。日本社会全体の問題です。存在を否認されて育てられた子どもへの影響を深く理解し、今私たちができることはなにか、本当の意味で大人がつながるとはどういうことなのか、真剣に考えなくてはなりません。
 

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