虐待を受けた子どもたちの多くは、状況に応じて自分の意思をはっきりと伝えることができません。

 

そのため、他人の考えや判断に従っていたり、あるいは意思を示しても状況に合っておらず誤解されたりします。

 

その結果、学校に通うようになるといじめを受けやすかったり、先生の言っていることがわからずに教室を立ち歩いて授業を妨害してしまうことがあります。

 

また、心では大きな爆弾を抱えていながらも、自分の気持ちは発さないため、「手のかからない子」として見過ごされてしまうこともあります。

 

今回は、この背景について触れるとともに、子どもが拒否を示すことができるようになることが回復の一歩であることについて見ていきます。

 

 なぜ、意思を伝えることができなくなるのか
冒頭に挙げた背景には、大きく二つの理由があります。

 

一つは、自分が発したサインに対して適切な対応を受けられなかったことがあげられます

 

「おなかがすいた」と感じて、泣いてサインを出しても受け止めってもらえない、「眠い」から泣いているのを、「うるさい」と暴力を受けるといった、当たり前のことも保証されずに生きてきました。

 

赤ちゃんは、眠いから泣く、空腹だから泣く、というサインを、「そうか、おなかがすいているんだね」、「眠いんだね」と受け入れられます。

 

そして、安心して眠れるための環境を与えられることによって、自分が今感じていることを再認識し、発しているサインの出し方が正しいやり方であることに気づき、受け入れてくれた人を安全基地と認識します。

 

しかし虐待的な環境では、そのようなサインを「うるさい」、「わがまま」と意味づけられ、暴力を振るわれ、放っておかれてしまいます。

 

安全基地が作られるどころか、「泣いたら暴力を受ける」と認識し、要求することをあきらめてしまいます。

 

あきらめる以外にも、自分が発しているサインを、違う状況で発したほうが良いのだと判断します。

 

本来、子どもが発しているサインは適切な状況における、自分をケアするためのものであるにもかかわらずです。

 

そして違う状況で発すると、「おかしな子」、「手を煩わせる子」とみなされ、さらに暴力を受けるという悪循環が繰り返されます。

 

もう一つの理由は、発したサインを無視され続けてきたことです。親が子どもを放置して遊びに出かけたり、近くにはいても親が心身の病気を抱えていて余裕がなかったり、時には薬物や飲酒をしている場合もあります。

 

子どもがどんなに要求を出しても、受け止められません。それが日常になると、子どもは自分が生きている意味、すなわち存在の意味を持つことができなくなります。

 

児童養護施設に暮らす子どもたちが、「どうせ俺なんて…」、「どうせ無理」という言葉が口癖のようになっているのは、このような背景があることが要因の一つでもあります。

 

 回復への道のり
このような環境で育った子どもたちには、自信のなさや人生へのあきらめ、身近な大人への不信感が根強くあります。

 

両親のドメスティックバイオレンスとネグレクトを受けて育った小6の女の子、Aさんです。施設に来て5年が経ちますが、いつも職員の顔色をうかがい、びくびくした様子で生活しています。

 

生活を支援する職員が、「自分の気持ちを言っていいんだよ」、「大人の気を使わなくていいんだよ」と言葉で伝えても、彼女の心にしっかりと根を張った自信のなさはなくなりません。

 

施設の中で心理療法を始め、心理的ケアを受けるようになって3年が経ちました。はじめは心理療法士に対してもびくびくし、こちらの許可を求めて行動するAさんでした。

 

しかし、親からされてきたこと、今の自分のことを話すようになってから、表情が豊かになり、自分の考えを言葉で発するようになりました。

 

あるセラピーで、心理療法士がある遊びの提案をした時です。「いやだ!こっちがいい」と初めて拒否を言葉で言うことができたのです。心理士はそれを彼女にフィードバックしました。

 

するとAさんは「自分の気持ちをいうのは勇気が必要だったけど、受け止めてもらえたら、言ってもいいんだって思えるようになった」と答えます。

 

虐待を受け、自分の意思を発することや大人への不信感におびえてきた子どもにとって、大人が「発して良いんだよ」と言葉で促すことは、かえって自信を失わせてしまうこともあります。

 

まして、拒否を示すことは、そのあとの暴力を受けてきた経過を体験している子どもにとっては恐怖の作業です。

 

Aさんのように、今いる場所が安全であるけして暴力を受けることはないという認識を持ってもらうには、年単位での時間がかかります。

 

中には、施設にいる間には持つことができず、社会に出て苦しんでいる子どももたくさんいます。

 

一人でも多くの子どもが「自分の気持ちを発してもいいんだ」、「自分はここにいても良い」と感じられる環境づくりこそが、子どもを回復の一歩に導きます。

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