虐待を受けて育った子どもたちと過ごしていると、こちらが「感情が伝わった」という感覚が持てないことがあります。相互交流というよりも、一方通行といった印象です。

 

虐待行為は、子どもの感情に大きな傷を与えます。それぞれの虐待が、感情にどのような悪影響を及ぼすのか、そして、子どもたちはその傷からどのようにして回復していくのかについて見ていきます。今回は、身体的虐待について深めていきます。

 

 身体的虐待の感情への影響
保護者の一方的な感情のはけ口の方法として、殴る・蹴るといった身体的虐待が行われます。理由を尋ねると、保護者は「子どもをしつけるためだった」、「良い子に育てるため」と言いますが、ほとんどは保護者が感情をコントロールできていません。

 

深刻なケースになると、子どもが寝ていても、なにをしていても日常的に暴力が振るわれています。子どもの意思や感情とは無関係です。どんなに「痛い」、「やめて」と訴えても、聞き入れてもらうことはありません。

 

子どもは虐待が行われているあいだ、じっと耐えています。耐えているあいだ、痛みを感じないようにします。現実を受け止めるには、あまりに過酷な状況のとき、自動的に人はそれを感じないようにする機能が働きます。その結果、意識や感情を別の世界に持っていく子どももいます。それを乖離(かいり)と言います。

 

乖離状態を続けてきた子どもは、自分が体験していることによって起こる感情が、どのようなものか、わからなくなってしまいます。特に、痛みに対してはとても鈍感です。児童福祉施設にいると、ケガをしたり、友達に嫌なことをされたりしても笑っているという光景をよく目にします。

 

さらに、周囲とともに同じ感覚を味わうことが困難です。例えば、褒められて嬉しい場面でも、嬉しいという感情がわからず、またどのように表現してよいのかわからないため、怒ったり、泣きわめく子どももいます。

 

また、頭で考えていることと、心で感じていること、身体が動くことが一致していないことがあります。例えば、友達と遊んでいる場面は「楽しい」と感じているのですが、楽しいという表現が友達への暴力になることがあります。

 

 回復への道のり
このように、身体的虐待は、子どもたちの感情に深刻な影響を与えます。彼らはどのように感情を回復していくのでしょうか。

 

大人に受け入れてもらう
彼らは、自分の意思や感情を否定され、壮絶な暴力を受けて育ちました。暴力に耐え、退所するために、さまざまな傷を負いながら自分をまもってきました。

 

まずは、身近にいる大人から、自分が抱いた感情や考えていること、思っていることを引き出し、受け入れてもらうことが回復の第一歩となります。初めは、自分の感情や思いを表現することすら、拒絶します。それは、彼らが、再び同じように傷つくことを恐れているからです。

 

しかし「安心して表現して良いのだ」というメッセージとともに、大人が受け入れる姿勢を見せ続けることによって、子どもは次第に、気持ちや思いを言葉にしていきます。

 

感情や感覚に言葉をつける
子どもたちは、自分が感じていることがどういう感情なのかがわかりません。痛みや怖さ、怒りといった強烈な感覚や感情は、虐待によって抑え込んでいたため、表現し、受け入れてもらうことによって獲得していくことができるようになります。

 

しかし、嬉しさや喜び、悲しみ、切なさといったポジティブな感情や、あいまいな感情については、よくわかっていません。生活の中で職員と過ごしているとき、「今はこんな感じなんだね」と、職員から言葉をつけてもらうことによって、自分の状態を理解できるようになります。

 

自分の感情や感覚に言葉が与えられ、状態が理解できるようになると、感情や行動をコントロールできるようになります。結果的に、行動が落ち着いたり、気持ちを爆発するのではなく、話をして伝えられるようになります。

 

心理療法を通して、感情体験をする
深刻な被害を受け、感情を抑えこみすぎたり、暴力が日常的に耐えないといった、日常生活や人間関係に支障が出てしまう子どももいます。そのような子どもは、生活場面とは別に心理療法を行います。

 

心理療法士とのセラピーの中で、上記の2点のやり取りも行いますが、刺激の少ない守られた空間の中で、子どもが今感じていることを思う存分、表現できるようにします。

 

中には、過去の被虐待体験をそのまま再現する子も多くいます。自分が虐待者となったり、虐待をされてきた自分になって、感情がさまざまに展開されます。心理療法士は、表現された感情に付き合い、治療的にアプローチして、彼らの感情の変化を観ていきます。

 

子どもによって回復への時間はさまざまです。これまで親を怖いと思い、表現できなかった怒りや悲しみ、「自分のせいではない」という思いが少しずつ表現され、傷の手当てに変わっていくこともあります。

 

そこから「自分は生きていてよいのだ」、「ここにいてよい」という思い変わっていきます。そのとき、ようやく子ども自身が自分の存在を認め、新しい力や可能性を発揮できるようになっていきます。

 

身体的虐待が与える影響は、上に記したようなものばかりではありません。児童福祉施設で職員がさまざまな手を尽くしても、回復は困難を極め、大きくなっても苦しんでいる子どもたちも多くいます。

 

虐待に至った保護者を責めるだけでは、なにも解決はしません。虐待が行われないような子育てとはなにか、一人一人の大人が真剣に考える問題です。

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