サイト名 | キーワードを3、4つ書く

親子関係の溝〜子どもの課題ばかりに目を向けていませんか〜

子育て中のお母さんや、子どもにかかわる仕事をしている人は、たいてい熱心で、常に自分よりも「子どものため」という精神を持っています。

 

「子どものため」、「子どもにもっとよくなってもらいたい」、「子どもの将来がもっとよくなるため」と思えば、時間もお金も惜しみません。自分が疲労困憊しているにもかかわらず、献身的にかかわる姿も見かけます。

 

一方で、お母さんたち話を聞いていると「うちの子は〇〇がダメで」、「また問題起こしちゃって学校から電話、まったくもう……」、「出来ないことばかりで中学校にあがったら心配」という声も耳にします。

 

子どもにかかわる人達の会議でも、今目の前で起きている現象(問題行動)に焦点が当たり、その問題をなくすためにどう対処するかという視点で語られています。また、将来的な心配や不安についても、定番の話題です。

 

今困っていることだから話題になり、すぐに解決したいからこそ相談もします。しかし、同時にそこには落とし穴もあることを知っておく必要があります。今回は、子どもの課題や問題ばかりに目を向けていると、おちいりがちな落とし穴と、その回避方法について考えていきます。

 

 落とし穴〜子どもの課題ばかり語っているとどうなるか〜
人は身近な存在をまもり、たいせつにする機能を持っています。さらに、自分の力では生きることができない子どもや高齢者、重篤な障害を持った人たちに対して、慈愛のこころを持ちます。自分の子どもや、仕事でかかわる子どもは、まさにその対象です。

 

しかし、子どもを思い、慈しむあまりに大人が転ばぬ先の杖になり、子どもが持っている自立する力や可能性が見えなくなってしまうリスクも抱えています。

 

例えば、あなたがいつも使っているマグカップがあるとします。少し距離を置いたところから見るとマグカップです。手に取って、顔に近づけてみてください。カップに付いている模様が認識できず、単なる陶器やステンレスの素材と色しか見えないでしょう。

 

子どもも同じです。少し距離を置いてみれば、さまざまな一面を持った子どもとして見ることができます。しかし、課題点ばかりを見てしまうと、「〇〇の課題を持った子」としか見ることができなくなってしまいます

 

さらに恐ろしいことが、先々の不安や心配事ばかり語っていると、それがあたかも今起きているかのように語られてしまうことです。課題ばかりに目がいくと、実際に子どもを目の前にしたとき、「課題」を前提としたかかわり方になってしまいます

 

例えば、授業中落ち着かず、周りの子にいたずらばかりしている小学校2年生がいます。担任も保護者も、いくら注意しても直らないため、叱られてばかりいて周りの子からも距離を置かれるようになりました。

 

あるとき、学校の健康診断で、視力低下が著しく眼鏡をつける必要があるという紙を持って帰ります。早速、眼鏡を作って使い始めると、その子どもは何事もなかったように座って授業を受けることができました。

 

少し極端な事例ですが、このようなことは実際によくあることです。大人が課題ばかりに目を向けていると、子どもの実態とのズレが生じます。それによって、子どもはストレスを感じて反発したり、大人への不信感を募らせてしまいます。

 

 あえて違う側面を見るようにする
子どもの心配をしないということは不可能です。むしろ、知識や経験のある大人からは、たくさんの課題が目につくでしょう。

 

課題が上がってきたら、それをなくそうとする前に、その課題がどこからくるものか考えてみましょう。

 

そして、子どもがすでにできていること、持っている強みや可能性にも目を向けましょう子どもを全体的に見る視点です。本来心配するべき点や、話し合わなくてはいけない点がクリアになり、対応の幅が広がります

 

子どもの課題をどう語るか、他にも視野を広げて語る、この二つを意識することにより、これまで堂々巡りだった課題に、解決の道すじが見えてきます。

スポンサードリンク



TOP 代表あいさつ お問い合わせ