こころとくらしの心理学研究所 | 心理学、児童福祉施設、メンタルケア、自立

代表あいさつ

当サイトでは、カウンセリングと職業紹介を行っています。

 

私の16年の臨床経験を活かし、医療や薬に頼らず、子どもたちが本来持っている力や可能性をともに見出し、自分の足で一歩ずつ人生を歩んでいくためのお手伝いをします。子どもたちが日々のくらしの中で感じていること、考えていることなどをお話しいただきながら、より豊かなこころでくらすためにできることを共に見つけていきます。

 

また、一人で子育てをしているお母さんや、これから結婚や子育てをしながら仕事を続けたい、あるいは自分のライフスタイルに合う仕事への転職を考えている女性を中心に、ひとりひとりに合った働く場所や働き方を見つけるお手伝いをします。

 

 児童養護施設の現実、児童養護施設から見えた日本社会
私は、世の中が「ミレニアムだ」、「21世紀の幕開けだ」と期待に湧く2000年、ある児童養護施設で10人の女の子とともにくらす生活が始まりました。

 

児童養護施設は、虐待や貧困、心身の病気などが家庭の中に存在しているために家で暮らすことができない2歳から18歳までの子どもたちが生活する場所です。

 

子どもの虐待という言葉が私たちの生活で頻繁に耳にするようになってから、久しく時間が経ちます。1999年には、子ども虐待防止法が施行され、子どもに対する虐待が法律で罰せられるようになりました。

 

それにもかかわらず、幼い子どもが虐待によって命を落とすニュースが後を絶ちません。そしてニュースにはなりませんが、保護者によって重い虐待を受け、心身に深い傷を負い、家族とともに暮らすことができず、施設に預けられる子どもたちがたくさんいます。

 

また、近年では子どもの貧困が叫ばれるようになりました。2013年には子どもの貧困法案が通過し、国としてようやくこの問題に着手する動きも出始めました。

 

かつては「Made in Japan」と世界に誇る産業を生み出してきた日本。昨今は、一人に一台スマートフォンやパソコンを所有し、日本中にコンビニエンスストアや巨大なショッピングモールが立ち並ぶことが当たり前の生活となりました。生きることに困らない便利な日本において、虐待や貧困が本当にあるのだろうかと感じる人も多いでしょう。

 

この私も、当初は「豊かな日本において、そんなはずはない」と思っていたひとりです。しかし16年間、児童養護施設にいると、表面には浮かばない隙間や溝のような暗闇がたくさんあることがはっきりと見えてきます。

 

さらには、子どもたちが育っている現実と、支援しようとする人や社会との意識のズレや距離も実感します。そして、本来子どもたちを守るはずの法律や公的機関ですら、そのようなことが起きていることも目の当たりにしてきました。

 

また、施設でくらす子どもたち、子どもを預けている家族と向き合っていると、そこで繰り広げられるさまざまな光景や湧き出るような数々の問題は、日本社会の縮図であり、これから先の混沌とした日本を先取りして描いているようでもありました。

 

 すべての人は幸せになるために生まれてきた
人は誰もが幸せになるために生まれてきました。そして誰もが親から生まれ、1日24時間、365日を平等に与えられています。それにもかかわらず、施設にくる子どもたちと過ごしていると「同じ日本に生まれているのに、こんなにも格差があるはなぜだろう」という疑問ばかりがわいてきます。

 

施設に入った当初の私は「ここにいる子どもたちを一人でも救えば、社会はもっと良くなるはず」、「施設を変えることができれば社会は変わる」と本気で信じていました。家庭でさまざまな現実を見てきた子どもたちにとっては、暑苦しい大人だったでしょう。

 

なりふり構わず魂で子どもとぶつかりあい、思春期の子どもが反抗し、暴言を浴びせられても子どもの背中を追いかけていました。「彼らが自らより良い道を選べるために自分がいるのだ」という確固たる使命を持って過ごしていました。

 

しかし現実は、施設に適応できず途中で出て行ってしまったり、退園した後に連絡が取れず、命を落とした子どももいました。連絡が取りたくても取れない子、行方が分からない子は今でもたくさんいます。

 

社会に出て拠り所にする場所や人が見つかっていれば良い、と割り切るものの、時折入ってくる風の便りは真逆のもので、肩を落とすことも少なくありません。

 

施設に来て守られるはずの人生が、危険にさらされることもあります。子どもの願いや思いと、職員のそれが食い違い、子どもが苦しい思いをすることも残念ながらあります。

 

また、一見元気よく暮らしていた子どもがある日、自ら危険に飛び込み、幸せとは真逆の道を歩んでいく背中をたくさん見て、職員とともに悔しい思いをすることもありました。

 

施設という枠を超えなければ、本当の支援はできないと思うことばかりです。そして、いったい自分は施設の中で、何を子どもたちにしてきたのだろうか、心理士という立場でありながら、心のよりどころを見つけられた子はいたのだろうかという問いは、常に巡っています。

 

 すべての子どもに希望と可能性がある
2000年から始まった私の児童養護施設における人生の中で培った最も大きな価値観は、「すべての子どもには希望と可能性がある」ということです。

 

施設を出たあと、あるいは施設にいる間でも思春期を迎える時期にさしかかり、社会では認められていないような世界に足を運ぶ子どもたちとかかわり、追うことのできない背中もたくさん見てきました。

 

まだ片手ほどの年齢にもかかわらず、暴れたり、物を盗んだり、人を傷つけたり、小さな子どもならば使わないような言葉ばかり使ったりという子どもたちと暮らしてきました。

 

彼らが表現していることだけを捉えれば、「問題のある子ども」、「手に負えない子」、「犯罪に手を染めてしまう恐れのある子」と見なされてしまうのかもしれません。

 

培った価値観は、そのようなリスクや葛藤を抱えている子どもたちのくらしを少し離れた場所から感じ、心理室という場所で共にしてきた体験に基づいたものです。表現していることは、彼らが元々持っている子どもらしさやエネルギーが出し切れていなかったり、ほこりが被っていたりする代わりの表現なのだということが手に取るようにわかります。

 

子どもらしさは失われていないどころか、出したくてうずうずしていますし、それを理解してもらえる大人と出会うと、彼らはとてもいきいきと本来持っている素晴らしい力を発揮し始めます。

 

子どもが子どもらしさを表現できるのは、実は大人たちが「可能性がある」というまなざしを向けているかどうか、その一言に尽きると考えています。

 

 こころとくらしの豊かさについて
16年前の児童養護施設には、心理という看板を背負った人は存在せず、「子どもの生活に心理は必要ない」、「養育をするのは保育士だ」という声が強くありました。

 

私はそのような反発を目の前にしながら、心理職員である前に施設職員であることを大切にしてきました。そして、くらしの中で営まれる子どもと職員のはぐくみやそれぞれの育ちを第一に考え、その中で「こころ」について考える役割、「こころ」を大切にする文化づくりを心掛けてきました。

 

心理職という役割上、「こころ」を扱うのは当然のことです。しかしながら私は、保育士たちとの協働の中で、「こころ」だけを取り扱うことは、その人のさらなる生きにくさや本来持っている力を奪うことにもなりかねない、そのような危険性をはらんでいることを体験的に学びました。

 

心理という立場にある人間が、こころという狭い部分だけを取り扱い、ケアのたいせつさを言うことは、役割を果たしているとは言えません。目の前にいる子どもがどのような環境や人との関係の日常にあるのかを考え、配慮した上で「こころ」を中心にして、その人が持っている力や可能性を引き出し、生きやすくなるために何ができるかを考えることが心理職員の役割だと考えています。

 

また、目の前にいる人がどのようなくらしを送ってきて、今どのような人達と毎日を過ごし、なにを大切に生きているかということを尊重するために、自分のできることを考えるということを繰り返しています。

 

こころとくらしは切り離すことができません。どちらを優先するか、ということではなく、どちらも大切にするべきものであり、豊かにするための努力は惜しみなく続けていく必要があります。

 

こころやくらしの豊かさは、お金を出して得られるものばかりではありません。そのため、すぐに結果を得ることはできません。結果が出たのかどうかもわかりません。しかし、その細々とした努力の先に、誰にも必ず「変化」や「成長」といった喜びが待っているということは、私が彼らと向き合い続けた体験から自信をもって伝えることができます。

 

児童養護施設の中で私が向き合ってきたのは子どもたちだけではありません。子どもたちと離れることになった、いわゆる「虐待した親たち」とも、出会ってきました。

 

彼らは確かに「虐待をした親」、「子どもを辛い目に合わせた親」かもしれません。しかし、じっくりと話を聞いていくと、そこには彼らも逃れようのない現実を目の前にしていたり、社会の隙間に落ちこぼれそうになっている状況がありました。

 

仕事が見つからずに生活に追われる母と子、介護の親を抱えながら小さな子どもを抱える父親、そのような背景に虐待や貧困の問題があるのです。

 

社会問題は、当事者を責め立てることで解決はしません。彼らの味方になり、彼らが何をどのように必要としているのかを親身になってともに考える存在が必要です。

 

このサイトを通して、一人でも多くの人に虐待や貧困の中にある子どもや大人のことを理解していただき、子どもたちやかつて子どもだった人達が生きやすさを感じる社会になることを目指します。そして、今現在生きにくさを感じている人も、こころの中にあるささくれやつまずきをともに見つけだし、自分の人生を歩むことをともに実現していきましょう。

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